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2012/03/13 / Gem R. Zhang

【ネグロス島沖地震について】大野昭夫

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2月6日の地震には驚いた。なにしろここフィリピンでこんな揺れに遭遇するとは小さな揺れはあったが、こんな揺れを体験し記憶に残ってるのは35年前の学生時代大分県中部地震と30年前の北海道千歳で体験した浦河沖地震以来のことです。まだあると思うがそう気になってない。

ここドマゲッティーでも結横長い揺れを感じた。自分では1分近くあったように思えも観ようか2階にあがったところで、最初突き上げるような揺れから構揺れにテレビが床に落ちるのでないかと思うぐらい揺れてる。日本の震度4ぐらいかちょうと越すぐらいの揺れと経験のなかで思えた。しかし、子供、嫁は初めてのことのようでオロオロして少しパニックに。2階にいてこれはちょっとあぶないかも(日本では多分感じないと思う。)建物が壊れる可能性を危惧した。外の電柱は大きく揺れてケーブルは渡打るし、これは、ひょっしてひょっとするかと思った。嫁さんにガスを止めて。ドアーを開けて逃げ道確保。子供たちをベットの下に日本ならばテーブルと思うがうちではテーブルはちゃちで危ないので。自分なりには落ち着いて行動でき家族を守ることはできたかなぁと思う。

近所では泣き出してる子供、裸足のまま飛び出してきたのか道路には人があっちこっちに地震速報はない。津波はきてもそうでもないだろうと自分なり判断(甘かったかもしれないが)
揺れもどうにかおさまり街の様子を見に外出、外見上は被害がないようです。しかし、デパートなど街の中心部商店などはシャッターを下ろし閉店。津波が来るとラジオで流れたとか、バレンシャと言う山の高台へ避難指示が出たなどをラジオ、TEXT等で広まり市内は渋滞。道路には赤ちゃんや荷物を抱えた婦人、パニック状態。なかにはテレビや冷蔵庫、簡易ベッド、家裁道具などトライシクルに横み込んでる人々找先にと、その反面津波見たさか海岸の遊歩道には物見の人々。

マニラ新聞記者から安否と詳しい情報の電話もらい震源地もわかり(ギフルガン沖)地理的にも津波は大丈夫と確信し一安心。嫁と子供たちと地震のとき家にいればまずガスを直す。ドアーを開け逃げ道の確保。身を守ることを説明したが、、、、

今回のデマのようなかものT、ラジオも慎重にすべきで正確な情報判断が必要kだが、その情報も遅いのが現実。津波と言えば東北の津波を思い浮かべるのだからしかたない面もあるのでは。あれだけもの津波をテレビで見て脳裏に焼きついているのだろう。

震源地付近では、地すべり、家屋の倒壊など死者や不明者がたくさんでており被害の深刻さがわかる。知人とも8日にやっと連絡がつき無地を確認。地すべりで家が倒壊しきのみきまま逃げたようで食事もまんぞくにしてないと携帯電話を深し当てて連絡してきたようであり、私自身家族の無事をありがたく思う。

こちらの家屋は田舎に行けば行くほど掘っ立て小屋のようなものからあり十分な強度がなく風が吹けば飛びそうな物もあるぐらいで被害が拡大したのと思われる。
被災者、その関係者におくやみとそれとともに何かできることはないかと思案しています。

何年か前の島インフルエンザ依頼の備蓄などを心配しまず子供たちの食事などとりあえず一週間分の水、食料確保。衣服、通帳、パスポート等バッグに入れば枕元に、、、、

ここまでする必要があるのかぁと思いつつ準備だけはとやってしまった。

記事の参考情報:セブ島通信vol.1272012年3月号
参考撮影:tropicalpenpals.com
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